【2025年5月号】FarmStay in ニュージーランド(後半)
- takuyasasaki0220
- 4月28日
- 読了時間: 7分
Googleマップの日本語音声が聞こえてこないトラブルに見舞われながら、道に迷いつつ、なんとかFarmまで辿り着いた。ほんとに見渡す限り何もない。そこには羊やアルパカや牛などがポツリポツリ見えるだけだ。到着するとご主人のピーターが人懐こそうな笑顔で迎えてくれた。買い物から帰ってきた奥さんのサラは、挨拶もそこそこに台所で忙しそうに食材を片づけていた。「昨日は9人も泊まりに来てとても忙しかったのよ」と疲れからか少し苛立っているようにも感じた。宿泊客は私1人のようだった。まずはピーターと牧草地の見回りに行くことになった。

広大な畑の入り口付近には小さな箱があり、そこに罠がある。箱の中には、小さいねずみが行ったり来たりしていた。ピーターは、車から1mほどの長さの軽そうな銃を取り出し、金色の弾丸を詰めた。箱に銃口を向ける。小さいねずみは銃口から餌でも出てくると思ったのか、鼻先を銃口に近づけると、ポスッという軽い音がして、ネズミはひっくり返って痙攣していた。ピーターは箱を持ち上げ、斜めにふると、死んだねずみは箱の片側へ転がった。そのまま箱を地面に置くと、再度罠をしかける。それを餌にして、もっと大きいポッサムを捕獲すると言う。次の罠には何もいなかったが、その次の罠にはポッサムがいた。見た目はぬいぐるみのようだが、丸々太った体からその食欲の旺盛さを想像させる。作物を荒らす動物は、農家にとっては死活問題だ。ポッサムは、一発だけでは即死しなかったので、もう一発撃つ。近くには川が流れていて、ウナギが住んでいるそうだ。畑ではsweet potato (さつまいも)を育てていた。

翌日の朝はそこで飼っている馬・羊・ヤギ・豚・鶏に餌やりをした。それぞれ1頭あたり一掴みほどの購入飼料だ。意外と少ないなと思った。それを伝えたかったけど、英語が出てこない…意外とってなんて言うんだっけ?ついこの前ラジオ英語で聞いたはずなのに…なんて考えていると、サラは「カモン!」と言いながら小さな小屋で寝ている羊を起こそうとする。だいぶ毛が汚れていて、ハエもぶんぶん飛んでいる。ようやく小屋からひっぱりだして、餌をあげる。そして他の動物とは別の場所に隔離した。朝食の時、「あの羊は病気ですか?」とサラに尋ねると、首に大きなできものがあるらしい。それを連れていくと言う。朝食が終わると、サラは「ジムに行ってくる!」とご機嫌な様子で出ていった。私はピーターと一緒に、ファームの牛を見学するために、支度をして外へ出た。トラックの後ろには、さっきの羊が横たわっている。ファームに行く前に病院に連れて行くのだろう。具合は大丈夫かな?と思って顔を覗き込むと、眼球が少し前に飛び出したように大きく見開かれたまま動かなかった。よく見ると、首元から少し血が出ていた。その時理解した。ポッサムが撃たれた映像が浮かびあがってきた。
そうか、そうだよな、と思ってみたものの、やっぱり動揺していたのだと思う。何か聞きたかったけど、なんの英語も浮かび上がらず、黙りこくってしまった。
車で10分くらいダート道を飛ばして、簡単なアルミ製のゲートの前で車は止まった。ピーターは、自分のfarmだと言った。ゲートの先はなだらかで何もない丘が広がっていた。ゲートを入るとアルミの柵をまた閉じる。きっとこの中に牛か羊かヤギか、動物がいるのだろうが、一面に広がる丘には何一つ動物は見えなかった。入って少しいった先でまた車を止め、今度はトラックの荷台に乗っている羊の角を持って、少し溝になっているところに下ろした。それでよし、という感じでピーターはまた車に乗りこんだ。さらに私は寡黙になってしまった。
何もない丘をゆるやかに上っていくと、牛たちが見えてきた。大きなトラクターがすっぽり収まる小さな小屋があった。トラクターの運転席の隣には小さな椅子もついていた。そこに乗って、トラクターの中からサイレージを運ぶのを見せてもらった。
ピーターは、サイレージからひとつかみ藁を取り出して、思いっきり匂いをかいで、サイレージの発酵具合を確かめていた。「GOOD!」と満足そうに言って私に渡した。私も同じようにしてみると、味噌の香りがした。それを伝えると、ピーターは「MISO!」と声を上げ、驚きと嬉しさが入り混じった表情をした。
帰りもダート道をかっ飛ばしていた。すると、七面鳥を小さくしたような鳥が4~5羽、道の右から左に渡ろうとしていた。けっこうなスピードだったので、急ブレーキは返って危険な状態で、ピーターは真ん中にいた鳥を車輪で轢かないよう、ハンドルを左右に振った。ドンと音がした時、ピーターは「I got!」と大きな声で言ってこっちを見て微笑んでいる。こ、これはもしかして…車を降りたピーターは鳥を見つけ、少し長い首を持って引き上げると、鳥は羽を広げてバタッバタバタッと羽を動かした。その瞬間、いくつもの羽が空を舞い、ピーターは鳥の首を持ったままグルグルと、鍋をかき混ぜるみたいに何度か回してから、トラックの荷台に放り投げた。もう鳥は動かなかった。「I got!」と言うピーターに、「それは食べられるのですか?」と聞くと、「食べない。それはポッサムの餌になる」と言う。車輪で轢かないようにしていたのではなく、うまくゲットしようとしていたのだ。家に帰ると、ピーターはトラックの荷台でその鳥をナイフでさばいてささ身になった肉をエサ用のタッパーに移し替えていた。
私も日本では畑で虫を見たり、害虫を捕殺したり、苗や米を食べてしまうネズミは何度か捕まえたことがあったが、自分の想像を超えるニュージーランドでのfarm体験にはびっくりした。
乳牛の搾乳も手伝った。放牧している100頭ほどの牛たちを搾乳小屋へ誘導していくのだが、「Hey! Girl! Hey! Girl!」(さあ、女子!)と大きな声で呼びかけるのはくすっと笑ってしまう。確かにみんな女子だけど。(笑)立派な体のホルスタインだったが、近づいた私の顔をじっと見ると、「ん?この顔は…知らない人だぁ!」と言うように早足で逃げていく。牛は人見知りで意外と小心者なのかもしれない。親近感が湧いてきた。

宿泊施設は、自宅と兼ねていて、キッチンや居間のテレビとソファーがあるリビングルームも自宅兼で使っているようだった。キッチンや廊下やリビングの壁には、家族の写真がずらりと飾ってある。FarmStayを始めて10年になるそうだ。ピーターは64歳と言っていたので、10年前というと54歳。5時頃からピーターは100頭ほどの牛の搾乳に行き、サラは飼っている馬を連れて友達と乗馬に行くそうだ。日中、室内の掃除はピーターが行っているようだった。奥さんのサラは、朝食を一緒に食べた後、使い込んだ麻雀の本を見せながら、今日は麻雀をしに行くと言って出掛けた。ピーターから近くの観光地を勧められ、特に興味はなかったが、なんとなくこの自宅のような場所にいつまでもいるのは気がひけたので、レンタカーで出かけた。いろんなことを聞きたかったが、聞いても返ってくる英語が名詞レベルでしか理解できなかった。
観光地から帰ってくると、青い乗用車がとまっていた。スイスからきた若い女性の宿泊客だった。翌日の朝、奥さんのサラが私たち二人を乗馬に連れて行ってくれた。サラの英語はピーター以上に聞き取れない。綱の持ち方が違うと言っているようだが、どう違うのかわからない。その様子を見ていたスイスの女性が「今、あなたはこういう持ち方をしているけど、このように持ってください」と英語を英語で通訳してくれた。乗馬トレッキングは、牧草地や林や岩場や水のある場所など、アップダウンのある道を進む。進むのは馬で人は乗っているだけだが、足場の悪い道を登ったり下ったり、よくやってくれると感心する。グラグラ揺れるたび、落ちないように鞍にしがみついた。30分くらい経っただろうか、丘の上まで来た時の眺めは最高だった。写真を撮りたかったけど、その余裕がなく、馬のたずなを離せなかった。


そんなこんなの体験を振り返っていると、埼玉の金子さんの農場が思い浮かんだ。農業を始める前に夫が住み込みで研修した農家さんだ。もう30年近く前になる。そこには牛や鶏やカモやウサギがいた。カモは水田の除草に、ウサギは非常時の肉用に飼われていた。家畜の糞尿は発酵させて液肥になり、その時発生するバイオガスが台所のガスコンロと繋がっていて料理や煮炊きができた。お茶の時間になると、牛の乳を温めた小鍋が出され、ホットミルクやカフェオレにして頂いた。先進的な循環農場だった。私もそんな理想を夢見たが、いざ始めてみると野菜を作るだけで時間がいくらあっても足りない。現実にはとても真似できなかったが、今でも金子さんの農場は私の憧れであり、原点になっている。
ニュージーランドでの経験がどう生かせるかまだ分からないが、健康で動けるのはあとどれくらいだろう。そう思うと、少し急いだ方がいいかもしれない。やってみたかったことから少しづつ始めてみようと思う。
萩原幸代
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