【2026年4月号】変わらないもの
- 4月1日
- 読了時間: 4分
↓春一番のカブ播種。久しぶりのネット張りにいい汗かきました!

2020年の4月にのらくら農場に来て、今年で7回目の春を迎えます。
この間、世の中の動きとともに農場も大きく変わってきました。
7年前。コロナ禍のはじまりの頃でした。私がのらくら農場に来たきっかけも、あの混乱の中でした。都会のざわついた空気から離れ、畑に立ち夕日を見たときのことを覚えています。ただそれだけで、思わず息を呑むほど感動しました。
常に作業が追いつかないなか、必死の私たちをよそに野菜はぐんぐん大きくなっていきます。作物の速さに翻弄されながら、毎日朝から晩まで畑にいる。それだけで十分なくらい喜びに満ち溢れていました。
5年前には、新しい出荷場ができました。建設が終わり、初めて中に入った日。紀行さんが、広い床を滑りながら華麗なローラースケートを披露しました。「とんでもなく大きな出荷場ができたな」とぞくぞくしました。「この出荷場のローンが終わるまで辞められないね」そんなことを言いながらスタッフと笑い合ったのを覚えています。
出荷場の壁は、みんなで塗ることにしました。春の作業に余力があったわけではありませんが、自分たちの手でこの出荷場を作り上げたいと決めました。
今では、あんなに広く感じられた出荷場にローラースケートができる余白はありません。32坪の冷蔵庫には所狭しと野菜の入ったコンテナが立ち並んでいます。以前使っていた出荷場は育苗専用の作業場になり、そこに行くたびに「本当にここで出荷作業をしていたのだろうか」と信じられない気持ちになります。
この間、社会も大きく変化しました。最低賃金は年々上がり、1年目の時給850円が嘘のように感じられます。かつては、なんだかよくわからない遠い存在だったAIが急激に身近になりました。自動操縦トラクターやドローン散布も、今や農場の仕事を支える道具です。
一方、気候の変化も体感できるほどになりました。猛暑や干ばつの影響で作付けの時期が変わり発芽や生育のために行う作業も増えています。資材や肥料、燃料、機械、段ボールや梱包資材まで農業に必要なものの価格は上がり続けています。
この5年で農業者人口は25%減りました。高齢化が進み全国の産地で事業継承や耕作放棄地の問題が深刻化しています。一部では大手企業の農業参入、人手不足を背景とした外国人労働者の受け入れも進んでいます。
そうした中で、のらくら農場は農業を続けることが難しい時代を泥臭く、力強く進んできました。そして農場の中も、少しずつ変化してきました。
売り上げは右肩上がりに伸び、スタッフの人数が増えて生産量も技術も向上し、農場は確実に大きくなりました。国の名前を付けている圃場の数も増えて、「畑の世界地図」はどんどん広がっていきました。
今、農場は新たな岐路に立っていると感じています。
組織が変化するとき、必ず混乱します。人が増えれば役割は細かくなり、部署が分かれ、責任も変わっていきます。理屈としては正しいことでも、そこにいる全員が同じように納得できるとは限りません。変化の中では、喪失感やすれ違いが生まれることもあります。
それでも、みんながチームのことや農場での仕事を良くしようと考えていることは確かです。それぞれ農場で働く目的や目指している姿は違っても、日々同じ方向を向いていると感じます。そのことが、とても心強いです。
長く働くスタッフが増えると、年齢を重ねそれぞれのライフスタイルも変化していきます。同時に働き方も変わっていく中で、どんな役割の人であっても、ここで働くすべての人が輝ける場所であり続けたいと思います。畑で作業することも、出荷場で出荷することも、事務作業をすることも、全てが農場をつくり支える仕事です。チームの仲間たちが、この時代に農業を仕事にしていること、そしてのらくら農場で働いていることに少しでも誇りを持てたらいいなと思います。
のらくら農場には長い間、継続して利用してくださっているお客様がたくさんいます。農場が変化していく中でも、変わらず私たちの作った野菜を選び、日々の食卓で食べてくださっている方がいる。本当にありがたいことです。
そして、きっとそれは私たちの中心にいつも「生産」という軸があるからだと思います。土づくりから植物生理の理解、作物の管理、収穫や梱包に至るまで、とことんこだわっておいしい野菜をつくり続けたい。
雪解けとともに、また畑作業が始まります。待ち望んだ畑。想像するだけで胸が高鳴ります。
のらくら農場は、これまでも変化してきました。そしてこれからも、きっと変わっていきます。それでも、芯は強く持っていたい。私たちはこういう農場なんだ、と胸を張って言えるように。誠実に、畑に向き合いながら。
小宮山日向



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