top of page

【2023年12月号】「畑で働く、天気とはたらく」



僕は会社員を辞め、今年5月に東京から佐久穂町にやって来ました。ここには5分毎に来る電車も、夜遅くまでやっている居酒屋さんもなければ、歩いている人も滅多に見ません。なんにも無いなぁ〜、すごい所に来ちゃったなっと思いつつ、のらくらでの仕事が始まります。


農業とは無縁の人生を送ってきた僕にとって、ここでの仕事は初体験の連続です。心地よい春の太陽の下、くわを持つのも、苗を土に植えるのも、野菜を収穫するのだってやったことありませんでした。何もかもが初めてで、楽しくて楽しくてワクワクが止まりません。畑は信州の山々に囲まれ、空気は澄み渡り、様々な動植物が顔を覗かせます。大自然の中、多様性に溢れた環境に童心をくすぐられました。


「旨みのある野菜を育てるには、土にこの栄養素をこのくらい与える必要があるんだよ」とか、「シャキシャキした歯応えのある野菜にするには、細胞壁は薄くちゃならない。だけど細胞壁が薄いと、虫にも食べられてしまうから薄過ぎてもいけない。だからと言って、厚くし過ぎると硬くて美味く無い。この塩梅が難しんだよ〜コウタくん」と、誰よりも楽しそうな様子で農業のいろはを教えてくれる萩原さんからは、農業への愛、野菜への愛情が伝わってきます。先輩スタッフも皆持っている知識を惜しみなく教えてくれるお陰で、農業の面白さ、野菜栽培の奥深さに、僕は徐々に魅了されていきました。


衝撃を受けたのは初めてのまかない。口にした瞬間から感動を覚えます。苦味、旨味、甘味が深く染み入るケールのサラダ、噛むと口の中にやさしい旨味と梨のようなほのかな甘味が広がる瑞々しいカブのロースト。聞くと味付けは塩とオリーブオイルのみだそうで、今まで食べてきた野菜とのあまりの違いに驚愕しながらも、これからこの野菜達を育てていくのかと思うと胸が高鳴ります。


畑仕事をしていると手も顔も泥だらけ、新調した白いTシャツは見る影もなく黄土色。肥料のおかげで匂いもなかなかのものです。一年前の僕は、自宅でコーヒー片手にパソコンで仕事をしていました。そんな当時と比べると、180度変わった働き方は、僕にたまらない充足感を与えてくれます。


とはいえ、ここでの仕事は大変で、やる事が本当に多い。最初の1ヶ月だけでも100以上の作業を経験したと思います。ここに来て半年経った今でも、初めてやる作業はまだまだあって、それらいくつもある作業を、畑・作物の状況、野菜の受注状況や冬に立てた年間スケジュールの進捗状況などを見ながら、優先順位をつけて業務を行なっていく必要があります。それだけでも骨の折れる事なのに、その上僕らは天候とも相対しなければなりません。


今年の夏は、農業をやる上で大敵の干ばつ。やらなければならない事はいくらでもあるのに、その上水やりの作業が入ってくるのは本当に大変で、人手も時間もそこに割かなければなりません。これを怠ってしまうと、夏野菜はもちろんの事、この冬に収穫する人参なども取れなくなってしまいます。皆、毎日スマホを片手に天気予報のアプリを見ながら、そこに雨マークがない事に落胆しています。山の天気はうつろいやすく、雨の予報が出てもすぐに消えてしまったり、やっと降ったと思ったら局地的なもので、重要な畑には一切降っていなかったりで。


東京で暮らしていた頃、雨は嬉しくないものでした。服は濡れてしまうし、傘に片手を塞がれるのは不便で仕方ありません。5歳から高校3年まで続けていた野球、当時は雨が降って練習が中止になったことを喜んでいました。ただそれは邪な気持ちからで、雨自体を純粋に嬉しく思ったことなどありませんでした。


その日も天気は晴れ、降る予報もありません。みんなは雨が降らない事への焦りも随分前に通り過ぎ、お手上げムードが徐々に広がっていました。お昼頃、皆で出荷場での野菜の小分けや袋詰めをしていると、出荷場の屋根をコツン、コツン、と叩く音が鳴り始めます。なんだなんだと思っていると誰かが突然叫びました。

 

「雨だぁぁぁーーーー!!」

その声を聞いてみな出荷場を飛び出し、そして叫びます。


「雨だぁぁぁーーーーーー!!!」


また一つ貴重な体験をしました。「作物はこうして育っていくのか」「”恵みの雨”ってこういう事か」とその言葉の意味を深く理解し、 心の底から雨を喜んでいました。また、雨に対しそのような感情をもった自分を少しおかしくも思いながら、 天気とはたらく厳しさと面白さを感じ、農家という存在に自分もほんの少しだけ近づいたのかなと嬉しくなった事を覚えています。


『今週の日曜だね』

『今週の日曜ですね』


萩原さんと今年の圃場長であるヤーさんが話しています。「なんのことですか?」と聞くと、初霜が降りる日が今週日曜とのこと。なぜこんな会話をしているのかというと、野菜に直接霜が降りるとダメになってしまう野菜があるため対策を取らなければなりません。対策を取れる日数は僅か数日、ここでもまた優先業務を修正していく必要があります。と、今は僕も少し語れますが、その時はあまりピンときておらず、迎えた日曜の朝、外に出ると霜が降りています。初霜が降りる日を意識した事などない上、初霜が降りる日を的確に当てられる事など知らなかった僕は、その霜を見て二人の会話を思い出します。


『今週の日曜だね』

『今週の日曜ですね』、、、


寒さに肩を窄め歩きながら思わず「カッケェ〜」っと小さく呟き今日も農場へ向かいます。


今、のらくらも冬を迎えました。残された仕事もあと僅かです。畑を片付けていると、ここで過ごした時間が蘇ってきます。農業を通して今までとは全く違う生き方に、人生の幅を広げてもらいました。社会に出てからも、こんなにも充実した日々を送る事ができる事を教えてもらいました。35という歳になっても、素敵な師や友を持てることを学ばせてもらいました。のらくら農場に来て本当に良かった!ここで過ごした数ヶ月間は人生の宝物です。


コウタ

bottom of page