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【2026年3月号】独立志望の仲間たちへ

  • 3月1日
  • 読了時間: 4分


はじめまして。3年目の浅利です。 私は独立を前提に「のらくら農場」へやってきました。今年度でこの農場を去り、東京都で独立します。今回は、かつての私と同じ目的を持つ方に向けて、実体験から見えたことを率直に共有したいと思います。


「どんな農業をしたいですか?」


独立には、農業大学校、就農予定地の農家での研修、地域外での雇用、あるいは即独立など、さまざまなルートがあります。どの道を選ぶかは「どんな農業をしたいのか」という問いへの答えなしには決められないでしょう。


しかし、ここで一つの問題が生じます。「やったことがない事柄を、本当にやりたいかどうかは分からない」ということです。多くの新規就農希望者が、このステップで躓きます。ゴールを設定できないから、進むべき道が見えない。けれど、進んでみないことにはゴールも設定できない。これは農業に限らず、新しい挑戦を始める際に必ず直面するジレンマです。


「農業で独立したい」と考える方なら、何かしら農に関する経験があるはずです。通常は、その体験を元に理想を形作っていくものでしょう。ですが、私はあえて別の提案をしてみます。


「自分の理想とは異なる形の農業を実践してみよう」


やりたいことは、やりたくないことを通じて知ることができるのではないか。 理想は、理想としない体験を鏡にすることで見つかるのではないか。 欲求とは絶対的なものとして感じるのではなく、相対化することで初めて自覚できるものではないか。


例えば、暖地で5人程度の小規模な単品目栽培を理想としているなら、あえてその真逆の環境に身を置いてみる。のらくら農場は、標高1,000mを超える高原、多人数での組織経営、多品目栽培、そしてそれらを成立させる独自の有機栽培技術など、相対化のための材料が豊富に揃っている場所です。


独立時はあらゆる業務を少人数でこなす多能工的な能力が求められます。これらの能力を1年で身につけることは非常に困難です。現実的には、複数年かけてこれらの能力を身につけていくことになるはずです。そこで求められることは、「自らの立ち位置を自分で設計し、周囲を納得させていくこと」です。希望するポジションを任せてもらえるよう周囲に働きかけ、論理性と熱意を持って適性を示す。のらくら農場にはそれを実現できる文化があり、この立ち振る舞いこそ、独立後に必要な能力のひとつになるはずです。


のらくら農場は、決して「独立を支援するための組織」ではありません。むしろ、長く働いてくれる仲間を求めています。あなたがこの場所にフィットするかは分かりません。ただ、何が自分にフィットしないのかを知るための材料は、ここには溢れています。最初から正解を探すよりも、この環境を通じて「自分の形」を浮き彫りにしていく。それは独立を目指す方にとって、決して悪くない選択肢だと思います。


ちなみに、私はのらくら農場に比較的フィットしてしまったようです。 もともと私の理想は、単品目を少人数で効率化していく形でした。しかし、多品目栽培が人間の集中力を引き出し、それが結果として独自の強みや、何より「日々の楽しさ」に繋がることをここで知りました。


また、「営業」や「売り切ること」に面白さを感じる自分の性質が、組織内では少数派であったからこそ役割を見つけ、それが自分の武器だと確信できました。自分の性質を客観的に知るうえで、組織は良質な鏡になります。


ただ、これらはすべて私という一個人がこの環境から引き出した、極めて個人的な「後日談」に過ぎません。すべては働いてみたからこそ、分かってきた言葉です。この文書に書いたことが、本当の意味で実感として重なるのか、あるいは全く別の答えに行き着くのか。それは、あなたが実際に現場で汗を流し、受け取る準備ができた後に決まるのだと思います。


それは「利他」というものの構造に似ているかもしれません。 「利他」とは、受け手がそれを受け取った瞬間に初めて成立するものだという考え方があるそうです。送り手がコントロールできるものではなく、受け取る側の準備が整ったときに、ふと気づくもの。この文章があなたにとってどう機能するかという主導権も、常に受け手であるあなたが握っています。


学びの本質も「伝え手」ではなく、受け手が主導権を握っています。だからこそ、周りにある利他に気づける人は、学びの深さも速度も、その質が高いのかもしれません。


私自身、この農場での日々を通じて、ようやく見落としていた「誰かの配慮」や「利他」に気づけるようになりました。その準備に、私は3年という月日を要したのだと思います。いや、まだ受け取れていないものがたくさんあるはず。私も、もっとそうあれる人間になりたい。


独立したいあなたにとって、いつかこの記事が価値のある言葉として届く日が来ることを願っています。


浅利直人


 
 
 

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