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【12月号】苦く、甘く

 




大学を卒業してから4年半の間、私は大阪で航空貨物に関わる仕事をしていました。海外で仕事をしていた父の背中を見ながら、自分も何れは世界を飛び回ることが出来る職業に就きたいと思い、航空会社グループの物流企業に就職しました。海外への玄関口である空港で、日本の物流を支える仕事はやりがいがあり、滑走路の横で飛行機の出発や到着時間を気にしながら、昼夜問わず働くことはそれまでに経験のなかった非日常的な世界でした。得意の語学力を活かして海外でのプロジェクトに携わることもでき、やりたいことに首を突っ込ませてもらいました。ただ日々の業務に忙殺されている現実と重圧もあり、このまま同じことを続ける人生を突き進んで良いのかという疑問を隠し切れず、最終的には退職して違う世界を経験することにしました。


 のらくら農場で働きながら感じた、この職場の凄みの一つは、メンバー全員が身体をフルに使いながら、頭脳も目一杯に稼働させて行動しているところです。例えば、野菜のパック詰めに際しても、仲間の動きも観察しながら、次に執るべき行動を常に考えています。自身の農場での立ち位置も理解していて、言葉にせずとも、お互いがぶつかり合わないように行動しています。働くとは「傍(はた)を楽(らく)にする」ことだと言いますが、これをハードな作業の中でも、皆がそれを体現しているのが凄いと思います。気づいたら別の場所で他の新たな作業が自然に始められていて、目の前のことに精一杯でいる自分がついて行けてないと思ってしまうことがしばしばありました。周りを観察して皆の行動を真似することが大切だと、代表の紀行さんはよく仰って下さいますが、それが中々出来ない自分に不甲斐なさを感じる日々でした。



 そんな落ち込んでいる自分をいつも励ましてくれるのが、農場のお野菜たちです。野菜本来の味を楽しめる野菜を、毎日食べられることは、とても幸せです。過去のつぶやきを読み返す中で、のらくら農場に来る前まで食べていた料理の多くは調味料の味だったことに気付いたと書き残した先輩を見つけましたが、まさに自分も同じ衝撃を味わいました。春と秋で違った食べ方で楽しませてくれる瑞々しい蕪(かぶ)。バターで炒めると美味しい滋賀の伝統野菜の日(ひ)野菜(のな)かぶ。これぞ水菜本来の味と思わせる広(ひろ)茎(くき)水(みず)菜(な)。そうした野菜の魅力に気付かせてくれるのが、お昼のまかないです。料理人や管理栄養士の資格を持つメンバーもおり、皆のレパートリーの多さにはいつも驚かされます。最近のメニューで特に美味しかったものは、長芋の和風スパゲッティです。オリーブ油・にんにく・鷹の爪で作ったペペロンオイルと醤油を擦った長芋にかけ、茹でたパスタと混ぜます。ご飯にかけた長芋とは違った楽しみ方です。


 農場では各々が生育から出荷までの管理を担当する野菜が割り当てられており、私自身のチームは玉葱、じゃがいも、蕪、日野菜かぶ、ズッキーニ、にんにく、の6種類を担当してきました。中でも「じゃがいも」と「玉葱」は思い出深い作物です。今年のじゃがいもは4月に種芋を定植し9月頃に収穫を始めているので、5月から農場に来た私は、残念ながら全ての工程を体験することは出来ていません。それでも、青々とした葉が次第に枯れていく姿を間近で見ながら、季節の移ろいを感じた貴重な体験でした。収穫は、ポテカルゴという機械を用いて4人がかりで行うのですが、まるでテーマパークのアトラクションに乗っている気分になります。機械の振動がかなり強いこともあり、作業自体はハードですが、コンベアで上ってくるじゃがいもをコンテナに納めていく作業には、夢中になる面白さがありました。


 玉葱は、何といってもじっくり炒めることによって引き出される、砂糖のような甘さに驚かされます。夏に農場で収穫したトマトを使って、4人前のトマトソースを作っていたのですが、適量だと考えていた2玉の玉葱が、思いのほか甘くなってしまったことがあります。例年、玉葱は前年の10月に苗を植えて翌年の7月に一斉に収穫するので、長い月日をかけて大地の恵みを詰めた野菜だということも言えます。因みに、今年は10万株もの苗を10日間で植え切っており、この強烈な経験は、のらくら農場の凄みを改めて感じた一幕でした。


 一年の中で農場周辺が一番に輝く時期は、秋だと思います。青空の下、黄金色に光る稲穂が印象的な9月。稲刈りが進み、刈り取った後の稲株が目立つ水田が増えるに従って、山々が真っ赤に染まっていき、11月に紅葉のピークを迎えます。今では、その山々に植わる木々は葉を落とし、代わりに山肌が夕日のピンクや紫色で映え続けており、まるで版画家・吉田博の絵のような景色です。そして、氷点下まで下がる厳しい冬が到来します。


 瞬く間に時間が過ぎ、農場での時間も残り僅かとなりました。収穫では、長芋とごぼうが佳境を迎えています。野菜を貯蔵する室には、長芋・ごぼうの他、赤カブ・黄カブ・じゃがいも・大根と様々な野菜がひしめいており、着々と冬支度が進んでいます。師走は文字通り何かと忙しい時期ですが、私自身も農場を離れて次の人生のステップを踏み出すべく奔走しています。お忙しい中でも相談に乗って下さった農場のメンバーには、感謝しかありません。畑以外でも楽しく過ごさせて頂きました。このご縁を少しでも繋げていけば、また何か新しいことが始まるきっかけになると思っています。元(はじめ)

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