​2018

 

​2020

 

本気で対応すれば良い事しか起こらない

僕は琴線に触れる言葉を集める事が好きで日々いそいそと書きためております。

日頃お世話になっている皆様にのらくら農場の日常で集めた言葉を通して農場を垣間見てもらえたら楽しいかもと思ったのでそれを中心に書いてみます。

以下マッキーメモより抜粋

「優しいとは効率的だということ」by紀行さん

僕にとってこれは一生ものの名言です。例えば怒ったり怒鳴ったりしないことで安心感が場に生まれてちょっとした懸念を伝えやすくなる。それで大きなミスを未然に防ぐことができるかもしれない。恐怖のある場所では小さなミスは隠す方向に行く可能性も高まると思うので。他にも予防医学は発病してからの治療より患者に優しく、健康という観点から効率的だと思います。この言葉があてはまる場所はきっと他にも沢山あって、それが常識になった社会はいい社会だなぁと思っています。

「準備と実行なら実行が大切。実行ありきの準備」byある日の会話

のらくら農場に来て準備の大切さを沢山教えて頂きました。誰かに話しを聞かせてもらうなら相手の時間を無駄にしないように質問を準備していくこと等。でも準備を難しく考えすぎてしまって実行できないなら本末転倒。まずはやると決める。そしてできる範囲の準備をする。これは刺激を求めて他の農家さんのところで1日働かせてもらおうか迷ってる時にスタッフのもっさんが「何も考えないでいくのもいいかもしれませんよ」と言ってくれた一言で気づいた事です。

「農業の枠を溶かす」by紀行さん

もう十年も前から紀行さんがいっているセリフです(先見の明が凄い・・・)。農業と医療 農業と栄養学 農業と販売etc...「自分たちはこういうもの」と線を引かず、常識という線で引かれた境界線を溶かしていく この境界線を溶かすのは化学だったり、人事交流だったりします。販売店のスタッフさんに数か月農場へ来てもらって、自分の言葉で野菜を語れる販売員になってもらう その逆に販売店に農家が行って販売側の気持ちが理解できる農家になる 各種栄養が人体にどのように作用するか理解し、野菜作りから人の健康を考える どちらもまだ具体的な形にできていませんが、農業の先の面白さに気づかせて頂きました。

「起こった事にちゃんと対応すれば人生は良いことしか起こらない」by紀行さん

これは今年になってから紀行さんがよくいうセリフ。これにちなんで思い出すのは僕がのらくら農場に来させてもらうきっかけは研修先のトマトが病気で全滅しかけていたからだったこと。その時たまたま拝見した紀行さんの動画の中でその病気を克服した事例を発表されていて知恵を借りようと思い連絡しました。紀行さんは親切に対応してくれ、その技術の高さと人柄に感動し、いろいろあったのち、のらくら農場に来させていただくことになりました。

それから5年が経ち私事ではありますが今季でのらくら農場を退職させて頂き、農場で出会ったパートナーと宮崎県へ移住し、独立就農を致します。

23歳でやる気と理想しかなかった僕にそれを形にする方法を教えて頂いたこと。長野の有機農業で中量多品目という非常にエキサイティングな旅を5年間も運転席の近くでともにさせて頂いたこと。パートナーと出会わせて頂いた事、本当に恩しかありません。

悔いのない仕事も、悔いのある仕事も、上手くいった事も、いかなかった事も両方沢山ありましたが、どちらも、のらくら農場らしく濃密な経験として僕の中に残っています。

「人生は良い事しか起こらない、トマトの病気に本気で対応すれば最高の出会いにつながることもあるから」

ここ数年見失っていましたが、ここで大切なのは本気で在ること、つまり不退転の決意をもっているかどうかなんだと思います。悔いがある仕事があるのは凄く悔しいですが、いつかこの経験があったからといえる日がくるように良い事しか起こっていないんだと信じて本気で進みます。

大好きなのらくら農場で働かせて頂けたのは支えてくださるお客様のおかげです。そんなみなさんに退職する前にどこかで感謝を伝えたくて今月号を書かせていただくことにしました。5年間、のらくら農場を通じて関わらせて頂き、本当にありがとうございました。 マッキー

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12月号

 

染まる

暦では霜降ー。露が霜に変わる頃、山々は紅葉し、農場の野菜も色物が加わってどこか紅葉しているように思えます。農場のある佐久穂町は初霜が10月20日頃と言われているそうですが、今年はちょうどその日に初霜が降りました。佐久穂の寒さは凍る寒さです。積雪は比較的少ないですが、地面が凍り、土が浮いて見えるほどです。冷蔵庫は冷やすための道具ではなく、凍らさないための道具として使われます。一枚、また一枚と重ね着をしてスタッフの身体もひと回り大きくなったように見えます。畑にはまだまだたくさんの野菜が植っていますが、冬はすぐそこのようです。

季節は巡って昨年。初めてのらくら農場を訪れたとき、私は賄いを作りました。食卓につき食事を共にしましたが、当時、町で一人暮らしをしていた私にとって大勢で囲む食卓は少し小恥ずかしく、それでもとても暖かな時間でした。その時、農場スタッフの箸を動かす手が真っ黒で、私は失礼ながら「みんな、手も洗わずに食事をするのか」と驚きました。それから時が経ち、ひと夏を農場で過ごすことになった私は、ある日の賄いでふと、あの時の皆と同じ手で箸を持っていることに気付き、ふふっとしたのです。

 農場での仕事はともかく手を使います。小さな種をポットに一粒づつ指先で入れていく。種が入ったら土を被せる。覆土と呼ばれるこの作業。担当したとき、しっかりと土を被せすぎてしまい発芽率が悪かったことがありました。単純そうな作業ですが被せる土の量が発芽に大きく影響します。水や温度管理を徹底し、育った苗は一株ずつ畑に定植していきます。軽トラックに苗を敷き詰め、広い畑にその苗を植えていく作業は一見気が遠くなりますが、気づくと向こう側から植えてきた人とぶつかり、顔を上げるといつしか閑散としていた地に苗が等間隔で整列しています。小さなポットの中で根を張った苗を広い畑に「どこまでも根を巡らせて」と解き放つようで、私はこの作業がとても好きでした。それから頼りなかった苗はぐんぐん大きくなり、目を離しているとすぐに花を付け実をつけます。こうして実るまでも施肥や灌水、作業が絶え間なく続いていきます。

日々、だれがいつ手を広げてみても真っ黒です。手を洗っていないのではなく、手を洗っても洗っても土の色が落ちません。休日にお洒落をして出かけるとなんだか恥ずかしく思うこともあります。それでもこの手は農場にいる証しのようで嬉しくもあるのです。

農閑期が近づき、約半年の雇用期間も満了となり、東京での次の新しい仕事もはじまりました。朝のアラームはそのままにして毎朝、朝の日差しを浴びています。せわしない日々の中でも時計を見ては「お茶の時間だな」、「そろそろ収穫だな」と、はっとします。心なしか、東京の空は農場よりも日が長く感じられます。あの凍てつく寒さも感じられません。ひと回り太くなり土色で汚れ皮膚が荒れた手は、1週間もしたら元どおりになりました。淋しくもありますが、触れたもの全てを身体に染み込ませて、また新たな土地でも手を休ませず動かしたいものです。

さて、農場で収穫された野菜は、全国の食卓に届けられます。またどこかの手で調理され食べられているのだと思うと、どこかタッチしているような、遠くにある食卓を近くに感じることがあります。なかなか直接会えない今の世の中で野菜を届けられるということもまた嬉しいことです。私にも再び訪れた野菜を購入する日々に、食材を見る目も変わりました。選ぶ素材の向こう側に、この夏みた景色が広がっているようで、また想いを巡らせています。(ひな)

―佐久穂町の管理栄養士だったヒナさん。東京のレストランに転職するタイミングでコロナ禍に。レストラン再開までの期間、のらくら農場で働いてくれました。そして今は東京のレストランで頑張っています。ー(代表)

 

~お客様からのお手紙~ 

*箱を開けると自然の大地と空と風の香りがして心がワクワクいたします。毎回お送りいただきます“畑のつぶやき” いつも楽しく時にほほえましく時に感動的でと時折それぞれの方の人生さえ感じて、このお野菜を本当に一生懸命作っていただいていると実感します。 *「畑のつぶやき」いつも読んでいます。どんな思いで、どんな経緯で畑のお仕事をしているのかが垣間見えてくるので、自然といつも食べている野菜を作っていただいているひとたちがどんな人かわかるような気がして、身近に感じています。

♪ありがとうございます!時々いただくお客様からのメッセージは、スタッフ一同とても嬉しく拝見しています♬

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11月号

 

10月号

夏の終りに想うこと

農場の夏が終わりを迎えようとしている。

すっかり空気も入れ替わり、秋の七草の桔梗が咲き、農場へと続く道にあるオニグルミが実を落としはじめ、速度を加速しながら秋へと季節が移ろぐ。あれだけたくさん実っていたキュウリやトマトも終盤を迎え、慌ただしく秋作の準備が進んでいる。肌寒くなった農場のすぐ隣にある真っ暗な湖畔で星空を眺めながら、この夏に受けた色々な感覚や感情を、夏の余韻に浸り、昇華したり整理したりしながら、とても充実した時間を過ごしている。

農場に季節メンバーとして加えていただき早3ヶ月。毎日目まぐるしく時間が過ぎてゆく。そんな中でこの3ヶ月間に感じた事、思った事を文章に起こしたくて、畑のつぶやきを書かせていただいています。

「お金の為に働くのではなく、生きるために働きたい」と思い立ち、東京から長野県に単身移住。右往左往しながら早4年。のらくら農場に来たきっかけは、農業でもやってみるかなと、ふわっとした気持ちだった。アルバイト気分で過ごした2ヶ月の中で、農場の仲間たちが農業と真摯に向き合い、迷いながらも考えることから逃げずに前に進んでいる姿を目の当たりにした。長雨で調子が良くないキュウリを見て、「キュウリが可哀想」と言っためいちゃん。夏の干ばつの中、種まきの後に状況を見ながら水やりへと向かうマッキー。多くは語らないが、必ず発芽させるという執念を感じさせる。天候不準によって準備が出来ず全国的に秋野菜が足りなくなると言って、計画より大幅に秋野菜の変更を決断した萩原さん。そんな姿を見て、自分を振り返り、忘れかけていた大事な事を思いだす。重要な選択をする時、後々振り返ってみてやっぱりこの選択をしてよかったと思えるような決断をしたい。人間だから後悔する事や、ああしていればよかったと想う事もたくさんある。でも後々に自分の下した決断は間違っていなかった。そう思えるような行動や選択をしていきたいと強く思っていること。そして本気で駆け抜けた先には、今まで見ることが出来なかった「新しい景色」が待っていることを。

もっと本気で仕事がしたい。このままふわっとした気持ちで、農場生活楽しかったねと半年を終わらせるのはもったいない。そう思わせてくれたのは真摯に農業に向き合って、本気で農業しているのらくら農場のみんながいたからだ。

だからこの気持はとても大事にしていきたい。そして「新しい景色」が見られる、こう想えるようなきっかけをくれた農場のみんなには本当に感謝の言葉しかない。実際に行動に移して1ヶ月が経ち、とても充実した日々を過ごしている。息切れしてうまく息が出来なくて立ち止まったり、考えることから逃げたくなる時もある。それでも、まだやれる。まだ走れる。それが出来るのも、本気で農業している仲間がいて支えてくれるからだ。

まだまだ、何も見えて来ないけれど、先は決まらないけれど、このまま駆け抜けてゆこう。先を決めて走るなんてもったいない。今を一生懸命生きていこう。駆け抜けた先に「新しい景色」が待っていることを信じて。 ふかし

 

 

 

いんげん失格

初めまして。のらくら農場で生まれた萩原駆です。大学2年生の夏休みにのらくら農場にお邪魔しました。コロナ渦中だったので、家に帰ると自分の通った跡を母が消毒液を振りまけて辿ってきました。まあ、それは仕方のないことですけれど、母親に消毒液をまかれるのは何とも言えない気持ちでした。

 二週間の自宅待機後から働かせていただきました。不思議な気持ちでした。家と庭が仕事場に変わる瞬間でした。暑かったり雨が降ってきたら直ぐに家の中に入るのが普通だったのに、その瞬間以降、暑くても畑を耕し、雨が降っていても収穫をしなければならなくなったのです。

仕事中はみんなにバレないように唸ることが良くあります。(もしかしたらバレているかもしれませんが。だったら恥ずかしいです。)U字のインゲンを見て僕は唸ってしまいます。人間は豊かになったなと思いながら、そのインゲンを断腸の思いで「はね」ます。僕は生まれてこの方「はね」野菜を食べて育ってきたわけですから、「これは出荷できるインゲンじゃない」と判断する度に、過去に自分が食べたインゲン達にまで「インゲン失格」の烙印を自ら押している気分になるのです。

野菜達は人間に食べられて幸せなのでしょうか。時々妄想します。U字のインゲンは人間に食べられないように実を曲げて、わざと「はね」させているんじゃないかと。人間がインゲンを「インゲン失格」と「はね」ているように見えて、インゲンが人間を「人間失格」と「はね」ているのかもしれません。実を曲げ、色を変え、虫に協力してもらってインゲンの方が「人間失格」の烙印を押している気がしてなりません。もしそうだったら、僕はとても光栄な人間です。U字のインゲンに「食べる」ことを許され、U字のインゲンを毎日のように食べていたのですから。そう考えると、光栄な食べ物の多い生涯を送ってきました。(最近色々な本を読んでいるのですが、中でもインパクトの強い太宰治の「人間失格」に妄想が引っ張られてます)そして今は農場のみんなが作ってくれる「まかない」でもU字のいんげんは本当に美味しいランチとなっています。

 
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9月号

"地図より羅針盤を持つ"


 小さいころから地図が大好きでした。家には、世界地図があって、いつもそれを見てうっとりしていました。「アンタナナリボってすごい名前だな!」(マダガスカルの首都です)。「セーベルナヤゼムリャとかゼムリャフランツァヨシファとかロシア語って長い名前つけるな!」(ロシアの北極海に面した島々です)など、その地方の名前を見て、いろんな想像をしていました。

 地図の良さは「全体を俯瞰する」ことができることです。今自分がどの位置にいるのかがわかる。あとどれくらい歩いたらたどり着けるのかがわかる。地図に似ているのは、計画です。たどり着くべき点を置いて、そこにたどり着くにはどうすればよいかの手段を考える。
 農業を始めてから、地図的な俯瞰をするのを半分やめてしまった感があります。もちろん栽培計画は緻密に立てるんです。それに反して、事業計画は「これくらい売れたらいいなあ。」のざっくり感覚。この頃の僕は、五か年計画とか全然できない。だって、前を走っている先輩方も、当時、有機栽培で食っていける感が全然ないんですもん(笑)。自給自足、とかの方法もあるし・・・とか計画から逃げる思考も自分の中にちらほら。

何よりも、計画を立てようとすると答えは「無理」に行きついてしまうのです。当時、1000万円を有機栽培で売り上げた人は伝説的な存在で、「絶対無理だ」と僕も思っていたのですが、8年目くらいで自分でもびっくりしたのですが、届いてしまった。ところがどっこい、この売上にたどり着いてみたら、「生活苦しいじゃん!」でした(笑)。あれ?ここから先は、道なき道を自分で行くしかないのか。全体が見えないのだから俯瞰のしようがない。
 経済学部出身で、一応経営学なんてのも、大学で学んだのですが、実際農業をやってみたら事業計画というものがしっくりこないのです。仕方ないので、心から尊敬できる人、面白い人、何かやりそうな人、そういう人と一緒に何かやる、という方向に行きました。有機資材の出会いなんかもうれしいですね。こんな素晴らしい堆肥があったら、この作物をこんな味に仕上げられる!とか。素晴らしい品種との出会いで道がひらけたこともあります。

数年前のこと。ほぼ同期で、茨城県で有機栽培をやっている久松農園の久松さんという優秀な親友がいます。「事業計画を立てているんだけど、行きつく先は『無理です』になってしまうんだよね。その時、萩さんを思い出した。萩さんだったらこの場面で計画なんか立てないなと思って、計画作成やめた。」とメッセージをもらいました。慶応大学出身の彼でさえ。まったく同感したのを覚えています。基本無理なことをやっているんですから。そこで、コロナです。春にコロナ騒ぎで、先行きわからなくなりました。これ、のらくら農場の得意分野です。

試練は1月から始まっていました。雪がまったくなく、超暖冬。玉ねぎの7割がとう立ちして400万円分くらい廃棄となりました。春から初夏にかけては、まったく雨が降らない。砂漠のような土になっていきます。7月。戦後最も少ない日照と、戦後最も多い雨量となりました。雨が降らなかった日はたった二日。一転、8月は雨が降ったのがたった二日の猛暑。(それも夕立がパラリ程度)
 事業計画は立てないが、栽培計画はとてつもなく超緻密にたてるのがのらくら農場なのですが、この計画を一気に変更できるのも僕たちです。「これだけ7月が雨続きなら、日本中の生産者が畑に入れない。つまり9月からの野菜の準備が全くできない。9月から野菜不足になる。取引先さんもパニックになるから、秋野菜大幅変更して備えよう。」と、決断しました。作戦変更に対してメンバー全員が本当に頑張ってくれました。長男がコロナで大学が再開せず、戻ってきて、手伝ってくれています。地図にはないことです。

誰だったか忘れてしまったけど、いい文章を見つけました。「地図よりも羅針盤を持とう」。この先、世の中がどう変化するのかわからない。未来を語るフューチャリストの出番ではない。全力で「今」の判断をしていくしかない。その分野では、自分よりも優れた羅針盤を持っている人と出会えたら、自分の羅針盤よりもその人の羅針盤を信用する。

令和元年東日本台風で農産物が吹っ飛びました。長いもが害虫になすすべなくやられてしまいました。(今年は長芋ばっちりです)累計800万円分くらいの農産物がやられて、冬が暇になりました(笑)。お!時間ある!と農場の本を出すことにしました。決まった出版社さんが3月末に倒産!でも素晴らしい編集者さんが同文館という出版社に持ち込んでくださって、先日出版再決定!地図なんか持っていたら、神経もちません。その都度方向を確認する羅針盤こそが、このコロナ禍を鼻歌歌って生き抜く重要な要素なのかなと思う日々です。(代表 萩原)

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8月号

"その後のすがた"

ぴかぴかの野菜を作り出すべく、わたしたちは毎日を過ごしている。
今は葉ものが終わりを迎え、果菜類の出荷・収穫が一日の大部分を占める。ズッキーニときゅうりは朝と夕の2回、収穫に入る。つまり、朝の時点ではまだ収穫するには小さかったその実が、夕方にはもう穫れる大きさになっているということだ。そのくらいぐんぐんと成長する。その合間を縫って、わたしたちは畑仕事をする。
 今年の梅雨は長い。雨が降っている最中はできない作業も多いが、雨がやんだら「今だ!」と畑に出る。次の晴れ間はいつになるか分からないから、逃してはならない。先日は、秋作のケールの定植(苗を植えること)をした。雨でぐずぐずになってしまった畑には、なるべく踏み固めないように最低限の歩数で入る。1反2畝という広い面積だが、今年からお手伝いしてくれているパートさんたちの力もあり、あっという間に植え終わる。秋作の植え付けは数日遅れただけで収穫日が予定よりもどんどん先延ばしになってしまうから、タイミングがとても重要だ。こんなふうに、出荷・収穫と畑仕事のバランスを見ながら、かつ天候と相談して毎日動き回る。この慌しくも湧き立つような日々の中でふと顔をあげたときに、野菜たちのその後を思うときがある。わたしたちが出荷したこの野菜たちは、一体どんな姿になって人々の胃におさまったのだろうか。
 収穫をしながら、規格外で畑に返さなくてはならない野菜にたびたび齧りつく。あるときは、ちょっとばかり傷がついてしまった大きなトマトにがぶり。たった今、その枝から切り離されたばかりのみずみずしさ、鼻に抜ける少し青っぽい匂い。太陽の熱を受けたぬるいトマトもまた良し。あるときは、大胆に曲がってしまったけれど、まだちくちくと棘が残った新鮮なきゅうりをポリっ。こういったものたちを、欲にまかせて口に運ぶときの気持ちよさといったら!野菜の勢いをそのままいただくような、こんな食べ方をわたしは愛している。
 お昼のまかないもまた、飾らない身近なごはんだ。のらくら農場のまかないが始まったのは二年前のこと。多いときには15人前のごはんを一時間でつくるので(台所から、「あと一品…あと一品…」というひとりごとが聞こえてくることもある。料理が得意でない人たちも頑張ってくれています、どうもありがとう。)、簡単だけどおいしい、    

 

素朴だけど力強い料理になる。たとえば、大胆に切って蒸し焼きにした、まるまると太った緻密なかぶ。生のまま、ごま油とお醤油を和えていただく葉ネギご飯はみんなの大好物。じりじりと焼き付けられた茄子とねぎのお味噌汁はやられた!とすら思う。焼くこと、焦がすことがおいしさになるのだ。1日の仕事を終えて、くたびれた体でつくる夜ごはんも大体こんな塩梅である。なんというか、“抜き”のようなものが混ざる。毎日の暮らしの中で何気なく作れる、なんてことない、骨太な料理。
 一方で、芸術と呼ぶほうがしっくりとくるようなものもある。わたしの頭では思いつきもしないような食材の組み合わせ。美しい佇まい。

のらくら農場の取引先に、ヒロッシーニさんというワインと西洋料理の店がある。わたしは今年でのらくら農場でお世話になって三年になるが、一年目の夏、寮のみんなでヒロッシーニさんにコース料理を食べに行った。寮で決めた、月に1度の外食デー。あの夏はほんとうに暑くて、ズッキーニの収量は大爆発。(そのたくましいパワーに、わたしは時々負ける。)その日の夕方も容赦ない量のズッキーニを収穫した。くたくたになりつつもなんとか辿り着いたその店で、確か二皿目に出てきた冷たいとうもろこしのポタージュ。その上には白く美しい半球、なんとバニラのジェラートが乗っていた!いったいどんな味がするのだろうと、気持ちは浮き上がる。液体と固体を一緒にスプーンですくい、口の中で混ぜ合わせて堪能する。なめらかで、濃厚で、つめたくて、ものすごくおいしい。なんて至福の組み合わせ!とても繊細な味わいで、手間をかけられているのがよく分かる。そして飲みこんでからもまた、とうもろこしの野性味のある甘さがぐんと上がってくる。うーん、おいしすぎる。そして眠すぎる。おいしい・・。眠い・・・・・・。半分眠りながら食べたこの味は、今でもありありと思い出せる。わたしはなんでも指でつまんでそのまま食べてしまうような人間だが、ときには泥だらけの作業着を脱ぎ捨て、こんな素敵な一皿をいただくのも良い。
 農業とは、こういった美しいものたちが生みだされる源なのではないかな。ここに携われることを嬉しく思う。今日出荷した野菜たちは、いったいどんなふうに生まれ変わるのだろう。おなかがじんわり温かくなるような家庭料理か。はたまたわたしのまだ知らぬ眩い料理か…。そんなことを考えながら、今日もまたぬかるんだ畑へ向かう。どうやら間もなく梅雨が明けるらしい。小さな夏が来る。 ユキ

 

7月号

「農場のメンバーを野菜に例えたらどんな野菜だろうか」という話が流行った。発端はタツさん。「昨日うちの嫁さんが、私を野菜に例えたら何?って聞いてきたんだよ。何かの資料に書かなくちゃいけないらしくてさ。」と。そう言えば、学生の頃に友人が「あなたを野菜に例えると何ですか」と就活で聞かれたと言っていた。当時、巷によくある陳腐な質問の一つに過ぎないと思ったものだった。

「ゆきちゃんはジャガイモだね。他の野菜が好まないような酸性土壌でさえも物ともせず逞しく成長していくところ!」ゆきさんは見た目の可愛らしさとは裏腹に、細かい所を気にせず「えへへ~」と笑いながら突き進んでいく強さがある。ジャガイモの逞しさは、ゆきさんの逞しさそのものだ。ゆきさんは葉物野菜リーダーとしていつも何人かの人を束ねて小分け作業を進めるのだが、これがいつも手際よい。何の料理にも使える万能なジャガイモのように、ゆきさんは農場でマルチに活躍し、愛されている。

「みおちゃんは三つ葉みたいだよね」といったのは誰だっただろうか。なんでも「しみじみとした趣があり、かつ他では変えられない強さがある」だそうだ。これは三つ葉のとらえ方が素晴らしいし、みおちゃんの事を絶妙に形容している。みおちゃんは、静かで欲がなく仏のような子なのだが、時々「これがやりたい」と誰よりも強い意志で仕事を担う。去年に引き続きミニトマトと出荷事務を担当していて、メキメキと力をつけていてカッコいい先輩なのだ。女性陣の中で真っ先に刈払機(草刈機)をマスターしたのも、みおちゃんだった。彼女のゆるさと力強さの併せ持ちは、唯一無二。他の誰かでは変えが効かない、クセになる独自路線だ。三つ葉の、一見ひ弱な草姿でありながら、厳しい冬を越しても再び新芽を伸ばす力強い生命力もまた、彼女のしなやかな強さと似ている。

一見、何の深堀りもできないような「野菜に例えると何か」というこの質問は、ある人が見た人間像を、その人の野菜像に乗せて説明することで、人間像と野菜像が一度に知れてしまうオイシイ質問だった。私達のらくらスタッフの野菜像が、深くて面白くてしょうがない。そりゃそうだ、みんな、毎日野菜を見つめ、野菜の事ばかり考えているんだから。

ズッキーニのイメージはこうだ。何にも負けないパワフルさ。時に収穫する私たちがボロボロになるほどの爆発的収穫量を、わが身を削りながら「バチコーン!」とたたき出してくるところには畏怖の念を抱かされる。緻密な肉質でジューシーで美味しさ絶品。のらくらのズッキはそんじょそこらのズッキとは一味違う、魅力の底なし沼。それをもって私がズッキで表現したかったのは萩原代表だ。誰よりも働き、誰よりもオラオラと突き進む、とてもかっこいい野菜、もとい萩原さん。

しかしマッキーには「本当の意味でのらくらにはズッキーニ的な人はいない」と言われた。なぜなら「のらくらは細部まで緻密に練る戦略的農業をしているんです。繊細さとは程遠い、圧倒的パワー系な生育をするズッキーニは非のらくら系野菜です」と。冬の緻密な戦略会議こそがのらくらの根底であるという話は何度も聞いている。去年夏季スタッフとしてのらくらに入った私はまだそれを経験していない。今年は通年スタッフとして冬も在籍する事になっているので、戦略会議に参加できることが待ち遠しい。

その後マッキーはカーリーのことを長芋だと言った。その心は「芽立ちの頃の、繊細で華奢で、じつに丁寧な生育をする姿が、カーリーの確実で丁寧な仕事ぶりと似ている。そして気付けば地下ではあんなに立派な成果を実らせているところもカーリーらしい」。この説明には感服した。栽培者ならではの視点がかっこいい。

長芋は生育初期、細く小さな蔓状の芽なのだ。ほんの少しの力でポキンと折れてしまう。巻き付く場所を探してさまよって、弱々しい。しかしその蔓は、確かに支柱に巻き付いて、確実に天に向かって伸びていく。そこを小柄なカーリーの丁寧で確実な仕事に重ねたところがニクイ。のらくらで3年目を迎えた彼女は、育苗や出荷の繊細な仕事を丁寧にこなしながら、巻き付く場所を見つけた長芋のように、力強く成長している。

私はカボチャと言われた。カボチャは、ぐんぐんと枝葉を伸ばし、根圏を広めて、他の野菜とは比べ物にならない程に圧倒的に畑を占有していく。存在感強いよね、と言われがちな私のようなのだそうだ。イメージカラーは黄色、私の車の色も黄色。なるほど…今年もおいしいカボチャが採れるといいな!

のらくら農場は、小さな畑セットそのものだ。個性的で素敵なスタッフが、季節ごとに主役の座を譲ったり譲られたりしながら活躍していく。スタッフ達は絶好調な時もあれば、調子が良くない時だってある。そんな皆が、そろって、助け合って、輝きあって、充実した野菜セット(農場)になる。さてさて、これからの暑い夏、みんなの力でおいしく元気に乗り切ろう!  カボチャのめい 

 

6月号

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世界地図

 ある春の日、世界地図が完成しました。マッキー君が、畑の見回りチェック用として、完成させてくれたものです。農場の畑には、国の名前がつけられています。「地主さんの名前」や「土地の名前」でもなくて「国の名前」。それは、60以上もある畑を管理する為のアイデアで、僕はこのアイデアがとても好きです。

農場の日常会話を少しご紹介します。

 「じゃあ、インドとカンボジア、パキスタンで長いもの芽出しが終わったら、チャイナでネギの定植しよう。そのあと、ロシアとモンゴルのたまねぎの株元の除草かな?イラクのたまねぎは大丈夫そうだったよ、除草まだ必要ない。それより、フィンランドのモロッコ(いんげん)か、トルコの丸さやのアーチを組んじゃうか?」 

 「草刈りしてないのは、マダガスカルとカナダ、アルゼンチン、ペルー、UAE、トルコ、イタリアの上側とギリシャです。次の雨の時やっちゃいますか。」 真剣な話し合いです。農場以外の方が聞いたら「?」でしょう。忙しい毎日、うっかりシリアスにはいりこみそうな作業の合間にすきがうまれて、ほんの、ちょっとだけ、意識外で和んでいる。そんな気がするのです。

 さて、その農場の畑全てをまとめた世界地図ですが、今までも、A4用紙2枚に分けて印刷してくれたものはありました。それを、だれもがパッと認識出来るように、おおよそ1/10,000スケールでホワイトボードに模写して、出荷場に張り出してくれたのです。

 マッキー君が世界地図を完成させてくれる、少し前のこと。佐久穂町で唯一深夜までやっているファミレスで、同期のスタッフと僕のふたりで、あれやこれや農場のこれからの事を話しながら作戦会議をしました。そのなかの一つに、同期の彼発案の、世界地図の構想がありました。僕らが想像したのは、コンパネサイズの巨大世界地図を出荷場にぶらさげて、その地図をみながら、あーでもないこーでもないと作戦会議をしているチームの姿。大きな意図としては、「イメージの共有」「同じ目的地に辿り着く為の道しるべ的な象徴」でした。SF映画の見過ぎでしょうか。さながら宇宙船のコクピットの中、座標をみながら進路を決め、幾多の困難を越えて共に目的地を目指す航海士のように。

  宇宙のように天文学的な数値とまではいいませんが、『 60を越える畑 × 年間約60品目の作物 × 1〜10番目くらいまである作数 』です。作数というのは、同じ作物でも長期間出荷する為に、時期をずらして種をまいたり、植え付けたりすることで、最大で10番目くらいまで複数の「作」があったりします。しかも、同じ「作」でも、ふたつの畑をまたいでいたりすることもざらにあります。

 どこの畑に何が植わっていて、どんな作業が必要なのか。生育具合や天候、出荷量、虫の被害等によって日々、いや、数時間いや、数分単位で変化する、収穫する畑の場所、作業の順番。それはもう非常に完全に複雑なのです。

 つまるところ、頭が追っ付かない! というのが同期の彼と共通のつまづいた事の一つ。他にも共通項がたくさんで、一致具合に驚きながら、ふたりの目線で、それらを話し合いました。

 それらとは、先輩スタッフ陣は修羅場をくぐり過ぎてて、問題にはならないこと。自分たちが困った事は新しいスタッフさんも困ることかもしれない。だったら少しでも解消したい。仕事がやりやすくなるかもしれない。覚えやすいかもしれない。世界地図とかあったら楽しいかもしれない。

 そんな話を、ある寒い夜にしました。それから間もなく、一大決心をした同期の彼は農場を去り、別の道へ進みました。正直、失恋級の衝撃だったけれど彼の選んだ道だから、応援しています。

 彼と話していた構想とは別の形になったけれど、世界地図は完成しました。

実現してくれたマッキー君にとても感謝しています。いつも出荷場の見える場所にあるから。世界地図を見るたび彼のはにかんだ笑顔が浮かびます。自分のことよりみんなのことを考えていた、彼の想いを思い出せます。寄り添う気持ちを忘れないようにしたいと思えます。

 同期の友が農場を去る際に贈ってくれた言葉を守りたいと思います。言われなくてもそのつもりでしたが改めます。そしてその努力は怠りません。 「元気で、これからも、美味しい野菜をつくりつづける。」

ですから、みなさま。今期もよろしく願い致します!!!! 

 よしっ、畑の見回りいかなくちゃ。 たくやん

 

5月号

今期もどうぞよろしくお願い申し上げます。

種を蒔く時の緊張感、芽がでた時のワクワク、作物の成長を見た時の目を細めたくなる気持ち、たくさん収穫できた時の安心感、そしてそれを食べてもらえること。この仕事をはじめた22年前当初から今も変わらない想いです。命をつなぐための作物を作って食べてもらうこと。そのために作物に寄り添い続けます。

ホームページはスタッフのタクヤンが手掛けた新しいものにリニューアルしました。写真も多く、見やすくなりましたのでぜひのぞいてみてください。「ちいさな畑セット」の新規お申込みも受け付けております。

ウィルスと人間の闘いという、映画の中のようなことが現実になっています。コロナにかかった一般の方がネット上でプライベートや同居人のことまで投稿されたり、携帯にまで無言電話がかかってくるそうです。その方は、コロナが収まっても通常の生活ができるか不安を抱えていました。そんなこと、あってはならないと思います。人類の英知を結集すれば必ず未来はみえてくるはずです。(幸代)

先が見えたことなんてありゃしない

 世の中大変なことになりました。お取引先の飲食店さんも苦境に陥っています。長年お世話になっている、飲食専門の卸し、日吉さんを通して、無印良品さんのMUJI CAFÉさんにのらくら農場の野菜をたくさん使っていただいています。ズッキーニなんか毎日300本くらい出荷させていただいていますが、無印良品さんも今は休業になっています。「今日、ズッキーニの施肥なんだが、この肥料撒いていいのか?収穫が始まる7月に開店するのか?」と一瞬、作業が詰まります。ズッキーニは取れだしたら毎日1,000本以上の収穫です。一日たりとて出荷が止まったら地獄を見ます。ほぼ毎日、迷いの連続です。
 来るはずのスタッフが、来られなくなったり、人事でも、すったもんだありました。のらくら農場の本を出版することになり、商業界さんという70年も続く歴史ある出版社がついてくださいました。原稿を9割くらい書いたところで、3月末に商業界さんが破産という・・・・。コロナの影響もあったようです。

しかーし!こんなことつらつら書いていっても、暗くなるばかり。七転八倒、それでも七転び八起き。行動の「正誤」がわからなければ、「明暗」を重視する!明るさが大切。「こんな状況でも、なんでこいつこんなに面白そうなんだ。」という空気が大切。幸い、農業の生産資材は無事手に入ったので、生産に突き進みます。売れるかどうか?わかりません(笑)。
 作つけを縮小して、期間スタッフさんも入れないで、静かに最低限で過ごすという選択もあったのですが。新型コロナの影響で、職がなくなってしまった人もいます。ここは行くべきだろ!と自分に鞭打って、人を入れて仲間となり、生産します。のらくら農場「食料を作る」という農業の原点に立って、地に足つけて食べ物を作りますね。

3月に開催されたオーガニックエコフェスタの栄養価コンテストで、ケールがまたもや最優秀とりまして、2連覇できました。まぐれでないことが証明できたので、この栽培技術を駆使して、皆様の体を健やかにできる一助になれたらと思います。あ、そうそう、超優良なオーガニックの肥料資材をうちに提供してくださっているジャパンバイオファームの創業者、小祝さんが、国連のSDGs(持続可能な開発目標)カンファレンスで、第一位を獲得されました。アフリカのザンビアでの活動などが国連で紹介されました。合わせて、のらくら農場のケールの栄養価の高さが紹介されました。国連で発表なんて、びっくり。
 いくらかの作戦修正はありましたが、スタッフさんも決まり総勢16で今シーズン臨みます。薬剤師、管理栄養士、元植木職人、などまたバラエティー豊かな人材が入ってくれました。本に関しては、商業界破産発表の数時間前に、担当してくださっていた前編集長さんが、破産の件を知らせてくれて、「他の出版社に持ち込む。必ずこの本を世に出すから、これからはここに連絡ください。」とご自宅の住所と連絡先まで教えてくださり、個人として動いてくださることに。どうなるかわかりませんが、とりあえず本も進んでみます。
 農業をはじめて23年目に突入しましたが、よく考えたら先が見えたことなんてありゃしない(笑)。結局いつもの、のらくら農場なのでした。(紀行)

 

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2月号

 

本を出す

 女性スタッフに、北海道出身のユキルがいる。野菜の小分けオペレーションでは、丁寧、素早い、わかりやすい指示を出せる、という絶対的存在になっている。最初に会ったときは、農業という雰囲気がまるでしない、ちょっと異質の雰囲気をもっていた。なによりも、北海道なら農家さんもたくさんあるし、なんでこんな遠くの長野の山奥まで来てくれたのか不思議で、本人に聞いてみた。
 「やるなら、食か染色だと思っていたんです。」

 これは衝撃だった。食か染色・・・。こんな選択のカテゴリーは僕の頭にはなかった。

 彼女は美大の染色科を出ていた。彼女のちょっと異質な雰囲気は、アート的なものだったのかもしれない。彼女にとってはアートと農業が同列に並んでいる感覚なのかもしれない。

 佐久穂町は全国有数の白樺林がある。休日に、倒れた白樺の木の皮をとってきて、その皮の成分で染色した糸を見せてくれた。「白樺の皮は赤に染まるんですよ。」その柔らかな赤の色に、僕は震えるほど感動した。
 はっとした。「僕は大きな勘違いをしていたのかもしれない。」

 繁忙期の期間スタッフを募集するのに、僕は農業業界のサイトに人材募集していた。複数年契約を結んだので、今も使っている。サイトを使うかどうかではなく、僕の頭のなかが、「農業をしたい人」の枠に囚われすぎていた。
 
 岩手出身、元服屋のタクヤンはクラフトビールと農業を選択肢に入れていた。DIYも大好きで、ちょっとしたものはすぐに作ってしまう。僕の変顔をTシャツにプリントしてきて、大爆笑を誘ったこともある。彼の場合、「自分で面白いものを作る」という中にたまたま農業があったのかもしれない。
 
 草木染め、ファッション、クラフトビール、DIY...。農業業界という枠ではなく、彼らはカルチャー、つまり文化圏で自分の道を選んでいたのだ。この中にオーガニックの、のらくら農場がたまたまあった。
 
 人を採用するのに、あるいは、気持ちが良い建設的なお取引を作っていくため、僕は、理念とかスタイルとか、社会デザインというような、文化圏で結ばれていくことに光を見る気がした。農業というよりも、「そういう文化圏の中ののらくら農場」という発信をする必要がある、というのを痛感した。
 
 もう一つ。お昼のまかないが文化になってきた。もちろんプロの料理人さんにはかなわない。畑でとってきた食材で30分から一時間で15人前くらいを作る。一日分の野菜が取れるような料理。野菜をワッシワッシ食べる快感。大きなボールのサラダがあっという間にカラになる作った側の快感。これはプロの料理の世界とは別の豊かな文化だと思った。あまりにも美味しすぎて、この賄いのことを伝えてみたくなった。
 
 農場の本を出そう
 
 本なんてどうやって出すのかわからない。自費出版になるだろうか? 3名の出版チームを組んで、調査が始まった。そんな事を考えていると縁とはあっという間にできるもの。一週間ほど経ったとき、お取引いただいているスーパー、福島屋さんの会長が主催する、社会デザインとも言うべきミーティングにお声がけいただいた。僕の横でご挨拶された方が、商業界という出版社の笹井元編集長だった。「本に大切なのは時代性、革新性、公共性」とおっしゃった言葉が僕を貫いた。この人すごい。笹井さんに本の相談をした。会っていただけるとのことで、大宮駅のスターバックスで作った企画書を持って2時間語り合った。笹井さんは、ユニクロの柳井さんはじめ、4000人の経営者の取材をした経験があるプロ中のプロだった。とにかく話を引き出すのがうまい。話しながら僕の思考が整理されていく感じ。笹井さんの中には経営の大小は関係ない価値観があった。要は取り組みなのだと。そして本によって世の中を少し良くしたいという哲学を感じた。「家を出る前から決めていたんだけどね。萩原さん、本にしてみましょうよ。」出版決まってしまった!
 のらくら農場、本の出版に挑戦します。農作業の忙しさの中でどこまでできるかわかりませんが、自分たちのやっていることに整理をつけて、これからの道を考えるきっかけにしたいと思います。

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1月号

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好きな『日常』がごちそう

ちょうど1年前、反省と抱負を胸につぶやきました。さて、それから1年。どんな日々を過ごし、感じ、呼吸してきただろうか...。

季節は春。今季も育苗担当をしながら、スナップエンドウを担当。すずらんのような白く可愛らしい華を空へと可憐に咲かせ、見た目はスラリと食感はプリッと、優しく強い甘みの子どもたちをたくさん実らせました。

夏は果菜類のおびただしい収穫と出荷に一日中追われ、嬉しさと忙しさの悲鳴が脳内でガンガン反響。これに尽きます。

秋はまるでブーケ!ニューフェイスのカリフローレが登場。加えて根菜、葉物が再登場。異様な暖かさゆえに、いつまで経っても畑に居座る虫さんたち。おかげでお肌は虫食いだらけ。規格外となり畑で生涯を終えていく。次の命へ繋がらなかったもの達は、来季の命の肥やしへと生まれ変わり、農業は続く。そして、甚大な被害をもたらした台風の襲来...。農場も佐久穂町も長野県も全国各地で大変な被害が及んだ。改めて自然の脅威と恩恵、電気という便利なシステム、灯りという温かさ、人情という優しさ、自宅で生活できるという喜びを、普段は当たり前と思いがちだけれど、実はどれも尊く奇跡であるということを体感しました。

そんな日々を過ごしていたら、いつの間にやら季節は冬へ。あのお花畑のように色づいていた山たちは、水墨画のような景色へと。暗くて、寒くて、寂しくて、悲しくて...季節の移ろいと共に心も浮き沈む。自然界と人間が一体となるとこんなにも共鳴し合うのかという驚き。けど、そんな真冬でも時折顔を覗かす柔らかい陽ざし。穏やかで、優しくて、温かい...まるで、大丈夫、大丈夫だよって応援してくれているかのように。色を失ったようでただ潜めていただけ、紡ぎ合わせるかのように優しい色は広がり、寒空の中、桜の木は既に芽をつけ次を見据えている。なんと力強く心強いのか。

アラサー突入。そろそろ自分の体と心に向き合う時間を大事にする。ハーブ、お灸、座禅、西語、薬膳...覗き込んでみる。興味という思いを、行動に移し替えてみる。思っていた以上の面白さ、奥深さ、一緒になって楽しんでくれる人への感謝、素敵な出会い、生きるのって悪くない。日々を過ごすだけで精一杯、他のことなんて考えられない、そう思う日もあるけれど、自分が動けば何かがちょっとずつ変わることがある。その変化は自分に、そして人へ。そうやって一度しか来ない今日を生きていく。『日々是好日』この言葉を頭の片隅において過ごした一年。思考を、捉え方を、プラス方向に意識するだけでまるで別世界を見ているかのよう。小さなことが幸福となって、大らかに、穏やかに過ごせることに気がつきました。たとえ屋根裏にネズミが走ろうとも、同じ生き物。長野の冬は寒い。暖かいところを求めるのは皆同じ。ならば共に暮らそう。ガリガリガリ、トコトコトコ...音を聞くたびに発狂寸前だった私がここまでなれたのは、恐らくこの土地のおかげだろう。今まで住む場所にこだわりを持ったことなどなかった。どこも一緒だと思っていた。目の前に存在するものだけを見て生きてきた私にとって、目に見えない人の温もりや心の動き、自分ですら見えてない自分自身。これらを感じる感覚は、新鮮すぎて戸惑ってしまうこともあるけれど、この変化を楽しみながら、あの言葉をまた思い出しながら、ここで過ごしていければと思う。(カーリー)

子育ての風景

今年も新しい気持ちで頑張りたいと思います。今年は次男が高校3年生の受験生。イバラの道になりそうです(汗)。小学5年の娘「お母さん何しているの?」 母「お兄ちゃんの受験のね、色々調べてるんだよ。あなたも苦労しないように今から勉強がんばってね」 娘「だったら大学行かない」 母「じゃあ、就職だね」 娘「そしたらここで働こうかな」 母「えっ??うちで??」 娘「だって怒らないって決まってるんだよね?」 母(笑)確かにうちはキレない・怒鳴らないを禁止にしているんですが、特に娘に話した覚えもなく...母「あなたの嫌いな畑に行かなくちゃいけないんだよ。それに、ちゃんと注意はするし、みんな責任もってやっているんだよ」 娘「ふ~ん」 どこまでわかっているんだか・・・子どもは聞いてないようで聞いているんだなぁと思った瞬間でした。(幸代)