​2018

 

​2021

 

2月号

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 2月3日に、本が無事発売となりました。実物が届いたときは、正直ピンとこなくて、後からジワジワきた感じです。まわりの方が感想を伝えてくださって、「本書いたんだなあ」と実感が湧いてきました。いまのところAmazonの農業書ランキング1位だそうです。すぐに陥落すると思いますので、今だけ(笑)。よく考えたら、文章を書くというのは、この「畑のつぶやき」を就農当初から書いてきて、それが助走になったのかなと思います。月一回、文章を書くというのは、自分が考えていることの棚卸しをするような感じで、自分で書いてみて、「中身スッカスカじゃん。」と途方に暮れたりするのに良い機会でした。
 スタッフが増え、「畑のつぶやき」も持ち回りにしてみました。文章が苦手で、というスタッフにも、無理矢理にはさせませんが書いてもらうこともあります。後からじわりと経験値になったりするものなので、次回〇〇さん、書いてみる?と振ったあとの「え~、どうしよう~。」という反応には、半分聞いて、半分聞かないというスタンスできました。ごめんよ。でも、きっと何かの力になっているはず。

一番のベテランなんでもできるタツさんが卒業しまして、同じ佐久穂町に就農しました。長野県白馬村の出身なのですが、就農地はここに。農業のリアルをずっと体感してきた彼なので、晴天率や物流網などの現実的な事を考え、決断しました。最後の一年は、独立する、やっぱりやめとく、でかなりゆらぎましたが、最後は「やってみなって」と背中を押してみました。自分は経営者向きではないと冷静に自己判断しているのは見事です。あとは「向いているという方向に自分を寄せていく」しかありません。タツさんに伝えたのは、経営者というポジションは背骨矯正ベルトみたいなもので、「うわ、今日休みて~」とか「つらいことがあって機嫌よくいられない」とか「売上イマイチだな~」とかあっても、矯正ベルトが働いて、「おっはよ~!」と朝元気に挨拶できるものです。そういう意味で、楽なポジションでもあります。今のタツさんに矯正ベルトが備わったら強いだろうと思ったのでした。

 5年いてくれたマッキー、3年いてくれたユキルが卒業。マッキーはもともと3年で自立と言っていたのですが、3年経って、「全然習得できていないので5年いさせてください。」ということで、見事5年ですべてを習得しました。おまけにユキルと結婚して、エネルギー満タン状態で、宮崎で就農です。ユキルは、なんたって小分けのエースです。野菜の小分け作業が好きという、非常にありがたい特性をもっていました。仕事はめちゃくちゃ早いし、「圧なしの指示」ができる。という訳でエースクラス3人が抜けます。
 着実に次の人材が力をつけているので心配はしておりません。今年の畑リーダーは、4年目のタクヤンがやってくれるとのこと。のらくら農場史上もっとも「圧のないリーダー」です。誰にとっても話し掛けやすい人というスペシャルな人柄です。彼の人徳がまわりを動かします。まわりのメンバーがタクヤンの強力なフォロワーとして彼を支える決意があります。こういうの、いい感じ。そうそう、タクヤンと出荷担当のミオさんが結婚です。同時に農場内で二組結婚というめでたい状況。うれしいなあ、こんな日が来るなんて。続けてきてよかった。
 多品目有機栽培なんて無理だと随分言われてきましたが、続けて続けて、更に続けていくと、その先に別の状況が生まれることを実感しております。

 話が変わるのですが、ある日、僕が今寝ている枕元に、娘が脱いだ靴下を置きっぱなしにしておりました。「まったく。明日注意しないと。」と思いつつ、疲れてそのまま寝てしまいました。翌日、前日の靴下の上に、今日の靴下が重ねて置かれておりました。ここで、僕は「ちょっと面白い」と思ってしまいました。翌日、かなり期待して枕元を見てみたら、3足目が重なっていました。娘よ、でかした!「靴下が鏡餅みたいじゃないか!」と娘に注意するのを忘れて、娘とゲラゲラ笑ってしまいました。いけないことも突き抜けると芸になる。文章も、農業も、いけないことも続けてみると芸になるのかな。違うか。(笑) 代表

 

続けてみた先に

1月号

ONION & UNION

ん~~~ん ♪♯☆ 思わずその喜びが声に出る。

目は優しく閉じて、鼻の穴は心なしか広がって、唇は優しく瞑って口角が上がり、まるで心が喜んでいるかのように頭は左右にゆっくりと揺れる。この感嘆を文字に表すと『ん』から始まる気がする。アイウエオの50音の最後の音。そしてこの文字から始まる言葉は他になく、それだけ特別な至福の音、そして至福の感嘆。その特別な音を毎度出すくらい私にはたまらなく好きな瞬間があった。それはあるものの箱詰めの瞬間。思わずその箱に頭を入れて息を深く吸ってしまうほど浸っていたくなる。一言で言い表してしまうのが勿体ないのだが、優しいコンソメの香りがするのだ。この香りは、台所からくるのではなくて、作業場から、それも段ボールの中からしてくるのだ。しかも、まだ調理もしていないのに。その瞬間を至福にしてくれるのは玉ねぎ

去年の玉ねぎはどうやら苦戦したらしい。私は通常を知らないので何がどう大変だったかを後々知ることになるのだが、去年の玉ねぎは董立ち(トウダチ)してしまったのだ。玉ねぎの中心部分に固い芯が出来てしまい出荷できないものとなってしまうことらしい。

 あれは農場の短い夏の7月、畑にはちびっこが刀として遊ぶには十分な硬さの塔がそびえ立ち、背丈より少し短いこの塔の先に玉ねぎの丸く白いかわいい花が咲いていた。花が咲いた畑は広大なので、それはそれで圧巻の一言。なんならこの時、私は、これまで見たことのない背の高いお花畑を目の前に、綺麗だなぁなんてのん気なことを思っていた。

 季節が変わり少し肌寒くなってきた10月、玉ねぎの苗を植えた。植えると一言で書いたがこの作業は実に地味極まりなく、さらに果てしのない作業であり、この苗を手で一本一本植えて、実に13万本も植える。ふと顔を上げるとこんなにも進んだのか。と嬉しくもなるが、まだ先もそれ以上に長かったり笑 気の遠くなる作業だったが、なぜか私はとても好きな作業だった。左手で苗をほどき右手でテンポよく挿していく。

とにかく夢中にさせてくれていた。私はこのうち何本できたのかは知らないがとにかくその時を満喫していた。

 ふと、植えながら考えた。ついこの間8月に収穫したばかりなのに、もう植えているの!?と。そう、この地域では丸々1年の月日をかけて玉ねぎを育てているらしいのだ。10月に植えているのは来年のための玉ねぎ。こんな大変な作業を経て機械にも頼らず、いや頼れず、手で1本一本植えていく。。。。。そして思ったこの夏のことを。董立ちしてしまった玉ねぎたち。あぁこれは1年前に手がけてくれていたもの。。。。。あんな姿になってしまってさぞかしみんなは唇を噛んだことに違いない。そんなことに想いを馳せる。

やはり経験しなければ何も得られない。

その背景にはこんな苦労があったとはこれまで考えることもなかった。玉ねぎをはじめとする野菜はいつでもスーパーにあるものとして認識していたのも事実。手に取れる状態になるまでのストーリに想いを馳せる事で人に優しく、自然に優しくなって、素直になれて感謝も生まれいくようにも感じられた。

 私はこれまで日本は元より世界の多くの地でいろんなことを経験してきた。製薬会社勤務、薬剤師、これらの仕事を通じて体もそうだけど心が健康でない人の多さに驚いてしまった。その頃からの私のテーマが『心の底から健康』になり、それを探すべく導かれるかのようにインドでヨガに出会い、ベジタリアンの食生活を経験し、食事の大切さに改めて気づかされて、マクロビを習い、料理の楽しさに気づき、アメリカ、カナダでヨガの宿泊施設のメインシェフをさせてもらったりしてきた。全ては心の底からの健康はどういったものなのか、そしてそれに近づくための経験だったように思う。

 至福の時間をくれる玉ねぎの語源を調べたらラテン語で『union』の意。結合、集結、結び。玉ねぎは1枚1枚の皮の集合体であるので納得の言葉。 ヨガも語源を辿ると『結ぐ』という意味。ここでも2つが結ばれて嬉しく思った。

意識を呼吸と結ぶことも、マインドと心を結ぶことも、農作業を通じて自然との距離がぐっと縮み自然と結びついたことも、1年がかりの日々の作業のお陰また自然のお陰で玉ねぎは実を結ぶことも、ここでの個性的なスタッフ達との結びつきも、私たちは一人ではなく全てが結ばれ、繋がっているのだなと強く感じられた半年となりました。

今日もどこかで『ん~ん ♪』という至福の感嘆を発し、心を穏やかに美味しい毎日を過ごして、皆さんの心の底からの健康を願いたい。そしていつの日かこの経験が何かの形で実を結ぶ日がきたら嬉しく思う。(アユミ)